バイロンとの内戦における勝利者組、つまりヴェルトマー公家、フリージ家、ドズル家、ユングヴィ家の四公爵家のうち、ユングヴィ公家当主アンドレイだけには、まともな恩賞が無かったのである。
残りの三公爵はそれぞれグランベル・アグストリア・イザークの王となる事が半ば確定している。
だが、ユングヴィ公家当主アンドレイに対しては、そのような話は来なかった。
大陸南西部、旧ヴェルダン王国領はシアルフィ公家が管理していたこともあり、現在は手付かずの状態のままであるから、与える土地が無いわけでもなかった。
だがアンドレイへの分配は金品ばかりであり、政治的権力に繋がりそうなものは何も与えられなかったのである。
アルヴィスの考えでは“父殺し”に力を与える事を危惧しただけであり、ことさら差別したつもりはなかった。
だが自分だけが継承者でないと言う負い目があるアンドレイにしてみれば、この恩賞の差が特定の価値観による評価だと映ったのである。
直系ではない。
継承者ではない。
イチイバルを使えない――。
現在のユグドラルにおいて、かつての十二聖戦士は神格化されており、その血を受け継ぐ者は神の末裔と言う解釈になる。
この世界において“人間”が手が届かないと憧れる雲の上の人々。だがその中もまた一つの世界なのである。同じ血を引く者同士でも神器を受け継いでいるか否かで天地の開きがあるのだ。
そんな彼がシレジアのダッカー公爵からの援軍要請に飛びついたのは、無理も無い話であった。

ダッカー公拠点、ザクソン城――。
ドズル公家嫡子ダナンが落陽の赤みを見やって舌打ちを続けている。
ダナンは父ランゴバルトと比べると理論家の感が強い。
戦力で上回っている時に小細工せずに力で圧倒するのは父親と同じだが、ダナンが重きを置くのは「力押しが出来るようにするには、どうしたらいいか」と言う点にある。
敵よりも優る兵力を揃え、大部隊を如何なく動かす事が出来る戦場を選ぶ――ダナンは、力押しするための環境を整える戦略家なのである。
ダナンが率いている軍は、このザクソン城の後方、ダッカー公に提供されたリューベック城に駐留している。
その用途としては、ラーナがシグルドにセイレーン城を提供したのと似たようなものである。
しかし対シレジアの拠点としての価値の方をリューベック城に見出していたダナンは、ダッカー支援のために活用するつもりはなかった。
だからザクソン城へは様子を見に来ただけで軍は帯同していない。
ダナンが自分の足で訪れて確認しようとしているのは、
ラーナ派の天馬騎士隊を射落とすべく出撃したユングヴィ公アンドレイが、一向に戻って来ない点である。
敵指揮官を討ち取った報は届いているから、戻って来れない事情は何も無い筈である。
「あいつめ……」
そもそもグランベルはダッカー公からの要請である援軍派遣に乗り気ではなかった。
灼熱のイード砂漠を越えて雪吹き荒ぶシレジアへ駆けつける遠征など、兵士の消耗を想像すればどう考えても現実的ではない。だからグランベルとしては雪融けまで自重するつもりだった。
だがアンドレイは対天馬騎士隊との相性を強硬に主張し、バイゲリッターの参戦をアルヴィスに認めさせたのである。
敵天馬騎士隊との交戦のみ認む――参戦承認の代わりにアルヴィスが付帯した条件を守る気があるのなら、もうリューベック城なりザクソン城なりに帰還していなければならない。
ダナンは、アンドレイが功を焦っているのを知っている。
父殺しであり神器の継承者でもないアンドレイが、これからのグランベル王国で確固たる地位を得るには文句のつけようも無いぐらいの戦功を積むしかない。
とは言えグランベルが最も恐れているのはシグルド軍にシレジアの天馬騎士隊が加わる事なのだから、遠路駆けつけてそれを打ち砕いたアンドレイの功績は大と言って何ら差し支えがない。
だがアンドレイの焦りようはダナンの予想を越えていたらしく、どうやらマーニャを討ち取っただけでは満足しなかったらしい。
トーヴェ城は陥落し、マイオス公はもう故人である。
シグルドはすぐさま軍を返してシレジア城救援に向かっているだろうから、西進を続けているバイゲリッターは正面から激突する事になる。
今からまた――何度目かダナンは憶えていないが――アンドレイに帰還するように使者を発しても、時間経過から推測すればバイゲリッターとシグルド軍との戦闘は避けようが無いだろう。
「救援に向かう……のは止めておいた方がいいか」
内戦終了後、グランベルが大遠征を敢行してシグルドを討伐するのか、あるいはシグルドの来襲を迎え撃つのか、どちらにしてもリューベック城の存在とそこを拠点とするグラオリッターは対シグルド軍の最前線となるのは間違いない。
そんな戦略上の観点から言えば、深く進攻中のアンドレイとバイゲリッターを援護すべく援軍を派遣した結果まとめて壊滅してしまうリスクを負うよりも、騎士団一つ見殺しにしてでも維持を優先すべきだと踏んだのである。
リューベック城はシレジア王国領であり、ダッカーから貸し与えられているだけなのだが、ダナンの戦略ではもうグランベル領である。だから内戦の結果がどうなろうとも、借りたものを返すつもりはない。
様々な意味でダナンは立派なグランベル貴族なのである。

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