グランベル王国内の実権を握ったアルヴィスにとっての不安は、夫君殿下となる身であっても、他の者から見ればつい先日まで同じく臣下の側にいたヴェルトマー公だったと言う点である。
ましてやいくら才能を評価されていたとは言え、六公爵の中ではさしたる地位にいなかった。
アルヴィスの官職は近衛軍指揮官であるが、バーハラ王家を守るのが不変の使命である近衛軍が出兵するケースは皆無に等しく、あったとしてもその場合は王家の者が指揮する事になる。当たり前だが近衛軍は王家を守るためにあり、王家の者を抜きにして出兵する事は有り得ないからだ。
つまり近衛軍指揮官とは事実上の名誉職であり、アルヴィスは国政に何ら貢献していないのである。
これはアルヴィスの年齢から考えれば無理もない話ではある。何だかんだ言っても年功序列と言うものは外せないものなのだ。東方遠征中の留守をよく守った功は大きいが、とにかく形式的には同列でも評価としてはレプトールやランゴバルトに遠く及ばないわけである。
よってディアドラ王女とのロマンスは大いに支持されても、王家の一員となるのはどうしても“一足飛び”の感が拭えなかった。
裏を返せば、主君となったとしても軽く見られがちで相応の忠誠は受けられない身であるのだ。
だが六公爵家の中で中立の立場を貫いて周囲の空気の流れを読んでいたアルヴィスである、こう言う雰囲気を察知するのも対応するのも素早かった。
臣下達の性格は千差万別でも、全員から無条件に支持を受けられる君主像は、何より“気前が良い”ことである。
バイロンのクルト王子暗殺による国内の混乱が沈静化すると、不満を解消すべく大々的な論功行賞を行った。
イザークへの東方大遠征から現在に至るまでの評価を見直すとの事だが、皆は大盤振る舞いと呼ぶに相応しいほど無条件に高く再評価され、終わった後には国内で苦虫を噛み潰した顔はほぼ絶滅していた。
特に、同じ公爵位であるレプトールとランゴバルトに対しては、何と現在管理下にある諸王国の玉座が用意されたのである。
何しろ中下級の指揮官を昇進させるのは容易でも、宰相や将軍の上の肩書きは存在しない。
当初は、新たに上の官職――権限は今までと同じ。つまり名誉職――を新設して兼任させるか、領地管理において何らかの特権を与える程度しか方法が無いのではと予想されていただけに、衝撃は大きかった。
どれほど功を積み立てても、王になれるわけではない。
王家が断絶した時に後事を託されるか、アルヴィスのように王家の姫を妻とするかしかない。
無論このアルヴィスの提示は、もともと同列の存在で忠誠を得られないだろうレプトールとランゴバルトの、本国内での政治的影響力を殺ぐための策であるが、当の本人達は承知の上だった。
それが分かっていてもなお、王冠を自らの頭に戴くのは人間に共通する永遠の夢なのである。
アルヴィスの提示に対し、ランゴバルトはもともとドズル家が領地管理権を有するイザーク王国を選んだ。
一方のレプトールは回答を保留したが、どうやらグランベル本国に次いで高い生産力を誇るアグストリアに食指を動かすと思われる。

この論功行賞によって、アルヴィスは皆の不満を解消する事に成功した。
そんな中の唯一の例外として、ユングヴィ公家の新当主であるアンドレイには他二人の公爵と同じような提示は無かった。

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