先王崩御の際、当然ながらそれを継いで王位継承権第一位を有する王太子レヴィンが即位する筈であった。しかしそのレヴィン王子が唐突に行方不明となり、空いたままの玉座を巡って三者が対立するようになったのである。
継承権の第二位は先王の弟であるダッカー公であり、レヴィン王子が不在である以上は彼が即位するのが妥当な線であったのだが、それに強烈な待ったをかけたのがラーナなのである。
「レヴィンは死んだわけではなく、継承権は失っておりません」
この論法は確かに筋が通っていた。
レヴィンは行方不明なだけで、今もって最優先で玉座に座る権利を有している事に変わりは無いのである。
これにはダッカーも返す言葉は無く、一度は引き下がった。
だが、これに続くラーナの台詞が全ての元凶となった。
「レヴィンが戻って来るまで、母である妾(わらわ)が代理として政務を執ります」
国王の全権代理人が現れる可能性は、国王が幼少のケースのみであり、そしてそれも“国王が成人するまで”と定められているのは大陸中どこも同じである。
これは国王が不在と言う特異なケースとは言え、国王が政務を執れる状態ではないのは同じである。よって摂政の登場は合点が行くが、ある一点において条件にそぐわなかった為に問題が起こった。
“レヴィンが戻って来るまで”とはいつの話なのか、全く分からない点である。
十年後に戻って来ると分かっていれば十年待てば良い。だが何年待てば良いのか分からない上に、そもそも本当に戻って来る保証すらどこにも無いのである。
もしもレヴィンが戻って来なかった場合、シレジアは永久に空位のままであり、ラーナの無期限の政権が続く事になる。これでは事実上ラーナが即位したのと同じである。
そしてラーナは宰相職に就いていたと言うわけでもなく、ただ単に先王の妃であり新王の母である。つまりラーナ個人としては政治との関連性がまるで無いのである。
天馬騎士の存在の影響もあり、女性の権利が大陸で最も強いシレジア王国とは言え、女が頂点に立つとなれば話は別である。ましてや風魔法フォルセティを受け継いでいる訳でもなく、そもそも王位継承権すらまともに有していないのである。
よって彼女に対して強い反発が起こったのは言うまでも無いが、その上に話に尾ひれが付いた。
レヴィン行方不明にラーナが関与していたのではないか、と言う懸念である。
もしレヴィンが死んだ場合、王位は継承権第二位のダッカーに移る。しかし存命なのでそれが起こらない。そしてそうなって最も得をするのは誰か――それがラーナなのであり、だからこそレヴィンは行方不明になったに違いないと見られたのである。
結局その証拠となるべきものは見付からず、それだけではラーナを除く事までには至らなかった。だがダッカーとマイオスとの挙兵にはその噂だけでも充分だった。
何しろ噂が真実であれ虚偽であれ、ラーナが国政を牛耳っているのは紛れも無い事実なのだから。

空位となって二年、現在――。
シレジア王国はこのラーナ・ダッカー・マイオスで三分されているが、その戦力バランスは決して拮抗しているものではなかった。
もともと
三者の拠点の守護をそれぞれ担っていた天馬騎士こそはそのまま城の主に仕えたが、それ以外の者は個別の判断で善悪を選んだ。
魔法戦力を預かる宮廷魔術師クブリと貴重な地上戦力を率いるドノバン将軍は、シレジア城に駐留していた身にも関わらず、それぞれ手勢を引き連れてマイオス公とダッカー公の元へと走った。
結局、ラーナの元に残った人材がシレジア天馬騎士筆頭のマーニャのみと言う凋落ぶりである。軍となればマーニャ率いる天馬騎士隊以外は機動戦力ではない国境守備隊のみで近衛兵すらいないのだ。
ラーナはこの劣勢を打開すべくシグルドを抱き込み、度々セイレーン城を訪れて密談を重ねていた。
シグルドは大逆者バイロンの子であり、彼個人も立派な逆賊である。グランベルから見ればシグルドの叛乱にラーナが手を貸した事になる。
逆賊討伐やらと銘打っての軍事介入はグランベルの常套手段である事ぐらいはラーナも承知している。だが彼女には他に頼れる味方が存在しなかったのである……それが何故なのかはともかくとして。
「ところで、この城には優秀な吟遊詩人がいると伺っています。是非とも妾もその調べを聞きたいものです」
その際の戦略についての話が済んだところでラーナがそう切り出した。

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