東方、イザーク戦線――
イザーク軍の機動部隊は緒戦で消滅させた。国王を殺し、王都も占領した。
だが、戦争はそれだけでは終わらなかったのだ。
それはイザークの政治形態に起因していた。
そもそも、遊牧民の国であるこの地方には無数の部族が存在していた。
剣聖オードの血を引くイザーク王家は、統一こそ成し遂げたものの、基本的な形は変わっていなかった。
イザーク王家はその軍事力によって他の全部族に影響力を持つ、単なるイザーク地方最大の部族に過ぎず、彼らと忠誠心で結びついているとは決して言い難いものであった。
グランベル軍の遠征によってイザーク王家は滅びた。
だがそれは、結果的に他の大小様々な部族に自由を与える事になった。
彼らのグランベル軍に対する反応は、非常に多種に及んだ。
徹底抗戦する部族。
帰順を求める部族。
帰順したと見せかけて、グランベル軍の補給線を狙う部族。
自己の保身の為にグランベルに取り入ろうと、他の部族を裏切る部族。
この時こそ勢力拡大の好機、とばかりに他の部族を襲い始める部族。
他にも現在行方不明である王太子シャナンが――その名を騙ったか、あるいは単なる偽情報かはともかくとして――同時に最高で百名強も存在していたのである。
グランベル東方遠征軍は、この混乱に完全に振り回されていた。
何しろ、相手は遊牧民族である。
グランベルが軍を差し向けると、女子供や住居も含めて部族ごと何処かへと消えてしまっていたりするのだ。
むしろ、全部族が束になって刃向かって来てくれた方が遥かに対処が楽だっただろう。
……その結果、グランベルは四個軍団も展開しておきながら、平定に丸二年を費やす事となった。

旧イザーク王都イザーク城――
四公爵に遠征軍の最高指揮官であるグランベル王太子クルトを含めた五者による協議の結果、イザーク地方の領地管理権は、最も功の高かった――滅ぼした部族の数が最も多かった――ドズル家が有するのが妥当であると言う結論に及んだ。
勿論、それが建前である事は明白である。
既に終結しているヴェルダン・アグストリア両戦役の結果、“王党派”シアルフィ家が領地管理権を握っている。権力の平衡を考えれば、“反王党派”がイザークの管理権を有するべきである、と言うのが本音である。
反王党派のその暗黙の主張は、王党派も承諾した。
地理的に考えてもイザークは飛び地であるし、この二年を鑑みれば領地管理が一筋縄には行かないのは、充分に予想範囲内だったからだ。
――それに、まだ二対一だ。
王党派にはその余裕があった。
この“二対一”とは、王党派と反王党派とが、それぞれ独自に有する領地の数である。
イザークをくれてやっても、まだまだ優勢なのには違い無いのだ。

だがシアルフィ公バイロンには、秘めたるもう一つ勝算があった。
保有領地の数や広さや収穫量などとは関係の無い、絶対の勝算である。
その知らせは、今朝届いた。
差出人は長子シグルド。
息子からの手紙には、ただ一言だけ、こう書かれていた。
「男子。母子共に健康」
その夜、バイロンは秘蔵である648年ものの赤ワインの栓を開けた。
ロプト帝国との聖戦、その戦場の真っ只中で収穫された葡萄が用いられたこの銘柄は、大陸三大貴腐の一つに数えられている。
――ふふ、少し気が急いたかな?
だが九割は達成されているのだ、前祝いでも構わないであろう。
バイロンはそのワインが注がれたグラスを高く掲げた。
――これで、ユグドラルは我が物に……!

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