アグスティ城下某所。
路地を三本ほど入った酒場にて、一組の男女が一番奥のテーブルを挟んで何事かを話し合っていた。
「……ところでヴォルツ。アンタ仮にも大陸最強の剣士と呼ばれる男だよ。なのに次の仕事が決まった祝いの席で、よくもまぁそんな安い酒を頼んだ挙げ句に、しかも美味そうに飲めるねぇ」
「当たり前だ。どんなに安い酒でもな、カネを払わなきゃいかん事には違いはないんだぞ。払うからには美味そうに飲まねば損、と言うものだろうが!」
この酒場に訪れる者でこの二人を知らぬ者はいない。
そもそも店の名前すら定かではない、この酒場に用がある者は二種類に限定される。
金品を携えた者と、武器を携えた者とだ。
そう、この酒場はユグドラル大陸西北部における依頼を一手に引き受ける傭兵ギルドなのである。
この日、アンフォニー王マクベスの使いが現れた。
マクベス王の気前の良さは有名であるから、居合わせた多くの傭兵が多額の報酬を求めて、依頼を管理するギルドマスターへと群がった。
だが普段はカウンターでグラスを磨いている痩せ衰えた老人にしか見えないこの総評が、マクベス王から提示された額を明らかにした瞬間、彼をとりまく輪は散り散りになった。
――俺に死ねと言っているのか!
皆は口々にそれに類したセリフを吐きながらギルドから出て行ってしまったのだ。
何故ならば、彼らが期待した額よりも、さらに桁が一つ多かったのである。
報酬の額の高さは、仕事の危険度の高さを表す。
彼らの中に、その額に見合った働きが出来る者など一人もいなかったのだ。
「まったく、鍛冶屋なんかに寄って来るんじゃなかったよ。もしここに直で来ていたら、その仕事は、この“地獄のレイミア”のものだったのにさ」
「ふっふっふ、最もカネを愛している者こそが、最もカネに愛されるのだ」
結局、マクベス王の依頼を受ける事になったのはこのヴォルツと言う名の傭兵である。怒りと絶望を撒き散らしながら出て行った傭兵達と入れ違いに現れ、その高額すぎる報酬額を見て満足げに受ける事を決めてしまったのである。
「……で、仕事の内容は何なの?」
「グランベル軍と喧嘩しろ、だとよ。さしずめ、焦土作戦が完遂するまでの時間稼ぎだろうな」
焦土作戦とは、侵入して来た敵軍に食料の現地調達をさせない為に、自領の畑を自ら焼く事である。
アグストリア諸公連合は、国力の増強の為に農地を拡大すべく中央部に位置する高地に広がる森を切り開いて来た。現在も多くの開拓者が住むが、地理的条件もあって駐留する軍は存在しない。
ハイラインを滅ぼしたグランベル軍と言えど、補給は行わねばならない。ノディオンと言う協力者を得たとは言え、全面的に信用している訳ではないだろうから自前で食料を調達する必要がある。
アンフォニー王マクベスは、グランベル軍が補給の為に高地に点在する開拓者の村を襲うであろうと読み、焦土作戦を行う事を決めたのである。
それを察知したグランベル軍が、そうはさせじと北上してアンフォニー城を急襲すると言う噂が流れた。マクベス王は少ない兵力を補完する為に傭兵を募ったのである……。
「グランベルと喧嘩ねぇ……その仕事、ベオウルフが首を縦に振ると思うの?」
「……振らんだろうな。あいつは獅子王と仲がいいからな、その妹はグランベル軍に帯同していると聞いている。むしろグランベルの方に雇われるんじゃないか、獅子王に妹を頼まれたらしいしな」
そう答えてから、ヴォルツは新たに先ほどと同じく一番安い酒を頼もうとしたが、レイミアはそれを制して自分が注文したワインをヴォルツのジョッキに注いでやった。
「ベオウルフは律義な奴だからねぇ……。ところで709年ものの赤なんだから、これを飲んだからには答えてもらうよ、アンタは何で傭兵やっているのさ?」
「答えたらタダでいいのか! ならいくらでも答えてやるさ。俺はな、カネこそが正義だと思っている。愛だの友情だの忠誠だの、そんな1Gにもならん行動原理は悪だ。それで動いている奴は、言わば被害者だろうよ」
「悪? 被害者?」
「そうだ。いいか、俺はカネを愛しているが自分の命の方が大事だ。どんなに愛していてもカネの為に死ぬのはまっぴらだ。命が助かるなら全財産を捨てても構わないさ、そうすれば死ななくて済むのならな。だが……騎士がいい例だ、奴等は王の為に死ぬのが名誉だ、誇りだなどと思っている。そんな、自分の命を投げ出させる事を許容する行動原理が、正義な訳がないだろうが!」
レイミアは無言で、喉を癒す為に一気に空けてしまったヴォルツのジョッキに新たにワインを注いだ。
「だから、俺はカネで動く傭兵をやっているのさ。だが、それに気が付いているのが俺一人しかいないからタチが悪い……ベオウルフも獅子王も、友情とか忠誠とか言うキレイゴトに騙されているのに気付いていない。あいつら……絶対にろくな死に方しないだろうよ!」

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