メルゲン城陥落!
 その報は、単純に城が一つ落ちただけの話ではなかった。

 本来ならば、メルゲン軍がセリス軍の猛攻を耐え忍んでいる間に、同盟を結んだダーナ市から傭兵軍団が出撃して背後を襲う。そしてさらにマンスターからブルームの本隊が横撃するという時間差の包囲網を築く青写真であった。
 セリス軍の強さがどれだけあったとしても、砂漠を越えての遠征で消耗している軍が包囲されれば勝負にならない。このメルゲンの地に15年前よりも多くの血が流れることになったであろう。
 しかしイシュトー王子は討ち死にし、メルゲン城は陥落した。少なくとも包囲網が消滅して思惑が霧散したのは間違いない。
 問題は、こうなった場合に次の策を用意しているかである。
「何だと、メルゲンが落ちただと? しまった、出遅れてしまったか! ……だが、ヤツらもまだ立ち直ってはいまい。よし、今がチャンスだジャバロー隊出撃せよ! 背後から隙を突き、ヤツらを一人残らず殺すのだ!」
 妓楼街の元締め上がりのブラムセルにはこの判断は難しかったのやもしれない。
 確かにメルゲン城が落ちただけで補給やその他が完了したわけではなく、セリス軍はまだ万全の体制ではない。
 だが商売にも機運があるように、戦争にも流れと言うものがある。最初から後背を襲うつもりでいながらそのタイミングを逃した以上、ここから後はどうやっても損切りにしかならない。
 ジャバロー率いる傭兵軍団がいかに強かろうと、ダーナ市防衛のための軍が、北トラキアを侵略しに来たセリス軍に打ちかかること自体が間違いと言うものである。
 ……とは言え、勝算はあったのだ。しかし、その頼みの綱が丸ごとひっくり返されるとまでは読めなかったのだ。

「そ、総督! 聖壇に、神の御遣いが……! 民衆が続々と集結しています!」
 ありえない話ではなかった。
 そもそもダーナの地は、ロプト帝国に抵抗するヘイム以下12名の戦士が立て籠もる砦に神が降臨し、彼らに神器を授けた場所である。ダーナの地が発展を遂げて都市となった今でも、当時の砦跡は聖壇として遺されている。
 領主であるブラムセルにとっては貴重な観光資源であるが、民衆にとっては聖地である。ここで何が起こっても決しておかしくはないのだ。
 ましてや帝国の圧政とロプト教の台頭という時代背景がある以上、神の意思が介在するのならば何かしらアクションが起こされる可能性はある。
 そして"光の皇子"セリスの到来。入城こそしなかったものの、ごく近くを通過したことはダーナ市民の知るところである。セリスがロプト打倒の使命を背負って生まれてきたのならば、この聖壇はセリスに呼応しているという考え方が生まれても非常識ではない。
 神器という物的証拠に保証された十二聖戦士。そのルーツとなった聖地であるから、遠い彼方の話であっても心の奥底では極めて近しい可能性である。有り得ない話だが、有り得る話なのだ。
「レイリアだ……」
 壇上で踊る一人の巫女。
 朝日を背負い神々しい気高さをまとった踊り子が舞い、144年前の情景を描く。
 そう、ロプト打倒の聖戦はここから始まった。
 そして今もまた、ここから始まらねばならないのだ。
「踊りをやめさせろ! 聖地を誑かす世迷言だ!」
 ブラムセルにとって、この話の流れは不利ばかりである。
 入城を求めたセリス軍に対して拒否し、通過させてその背後を襲うような戦略は、どう考えてもセリスの敵である。ダーナ市内でセリス支持の声が高まるということはブラムセルの立場が危うくなる。ましてやダーナ市の防衛を担う傭兵軍団が出撃中であるから、このタイミングで民衆に蜂起されれば勝ち目がない。
 となると方法は2つ。この流れに乗ってしまうか、無理やりに抑え付けるかのどちらかだ。
 前者の場合、ジャバロー率いる傭兵軍団がセリス軍と交戦するのが弁解にならない。治安維持と防衛任務で契約しているジャバローが自主的に出撃してセリス軍に襲い掛かるのが有り得ない話である以上、どうしてもブラムセルが追加料金を払って命令したとしか考えられない。そういう負い目があるのでこの選択肢を選ぶのは無理があった。
 実際には、悔い改めたふりをして過去を清算してしまえば突き上げられずに済んだのであるが、そこまで機転が利かないというか面の皮が厚くなかった。
 そして選択したのは後者であった。この状況でレイリアを逮捕すれば非難は避けられないが、放置していいものでもなかった。
 ブラムセルに逆転の目があるとすれば、ジャバローがセリス軍を撃破することであろう。ロプト打倒の使命を帯びた解放軍がここで壊滅すれば、セリスの神性が否定される。よってレイリアの踊りは人心を惑わす煽りであったという路線で決着をつけることができるからだ。

 ……数日後、彼はその目論見を根底から崩されて命を落とした。
 ジャバローの傭兵軍団に黒騎士アレスという若い男がいた。魔剣ミストルティンを使う、十二聖戦士の末裔である。彼の活躍によってセリス軍は総崩れになるだろうと踏んでいたのだ。背後を襲う有利不利に加えて魔剣を振りかざす黒騎士に斬り込まれては戦線の維持は困難なものになるだろう。
 ところが、そのアレスが何と育ての親のジャバローを裏切り、単騎でダーナ市に攻め込んで来たのであった。
 城門を守る兵士をなぎ倒し、ダーナ市に入ったアレスを市民は熱狂的に迎えた。聖戦士の登場は踊り子レイリアによる神託に繋がったからである。レイリアが逮捕されて不平不満が溜まっていた状態である、爆発しないはずがなかった。
 自然発生的に一斉蜂起した民衆に対しブラムセルは脱出を図ったが、先回りしていたアレスに待ち伏せされて万事休した。その今際の際、レイリアとアレスが結託していた可能性に気が付いたが、その情景ごと首を刎ねられて断ち切られた。

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