かつて、聖戦の時、この地には自由解放軍の砦があった。
 帝国の圧倒的な戦力の前に解放軍は敗退を重ね、最後に僅かばかりの兵士達が砦に立てこもった。
 彼らは傷つき、すでに最後の戦いを決意していた。
 だが、そのとき、奇跡が起こる。
 神が天より舞い降りて。十二人の若者に不思議な武器と力を授けたのだ。
 彼らはやがて十二聖戦士と呼ばれ、解放軍を率いて戦うことになる。

 自治都市ダーナ。
 イード砂漠の畔にあるオアシスの町にして流通の拠点。
 そして"ダーナの奇跡"が起こった聖地でもある。
 聖者ヘイムがグランベル王国を興すとこのダーナも版図に組み込まれた。
 しかし、聖地は国家の枠組みに入れるべきではない、というエッダ教会の運動により自治が認められ、グランベルと友好関係を維持しつつ独自の運営を始めることになった。
 グランベル側としても手から離れたとは言え、聖戦士の末裔が政権を握っている以上は自分のルーツとも言えるダーナを疎かにすることはなかった。グラン暦758年のイザーク遠征は、ダーナ略奪の報復が大義名分であったが、それが根拠となる聖地の格の高さがダーナにはあったのである。
 アルヴィスが戴冠しても、ダーナ市は基本路線として維持された。大陸統一の観点から役人の派遣は行われるようになったものの、領主の役職までは脅かさないことで自治都市の格好は守られることになった。聖戦士であることが統治の資格であるのなら、聖地を蔑ろにするわけにはいかないのである。
 ……ところが、ロプト教が台頭すると話は変わってくる。
 ロプト教徒は十二聖戦士によって打倒された暗黒神ロプトウスを崇める者たちであり、彼らにとって光の聖地であるダーナなど目障りもいいところである。
 とは言え、都市一つを破壊するのはそうそうできることではない。帝国中枢こそは皇太子ユリウスをはじめとしてロプト教徒が幅を利かせているが、軍事面を実際に率いているのは聖戦士である六公爵家であるのは昔から変わっていない。遠征の大義名分になりそうなほどの落ち度はダーナには無く、難癖をつけようとすれば猛反対に遭うのは目に見えている。士気が上がらぬまま遠征を強行し、もし敗れでもしたらそれこそ目も当てられない。
 そんなわけで内部からコントロールしようと役人や密偵を多数送り込んでいるのだが、何故か全く成果が上がらなかった。

 ダーナ領主ブラムセル伯爵。
 商人上がりのこの男は、私腹を肥やすことも忘れなかったが、その代わりにこの自治都市をよく守っていた。
 傭兵隊長にジャバローを迎え、彼の元で組織された傭兵騎士団は金で雇われているとは思えないほど強固に組織されており、ダーナ市の防衛と治安維持を担っている。
 また外交面でもフリージ家と強い結びつきがあり、台頭しているミレトス地方との北トラキア流通戦争を有利に進めている。
 そして計略面でも、ブラムセルはその力を発揮して対抗勢力の無力化に成功している。
 彼がここまでの人物になれたのは、彼の本業とも言える商売に拠るところが大きいだろう。
 ――それは、"女"であった。
 皇帝アルヴィスは風紀に厳しい人物で、即位するとバーハラの歓楽街はなりを潜めるようになった。
 さすがに酒や女を禁止するまでには至らなかったとは言え、経営者たちにとって商売がやりにくくなったのは間違いない。
 人口は多いものの光っている目も多いバーハラで細々と続けるよりも新天地を求めた彼らは、自治都市であるダーナを選んだのである。
 それ以前からダーナの歓楽街の元締めであったブラムセルは、商売敵の流入を巧みに受け入れることで勢力を伸ばし、現在の地位を獲得した。
 酒と女は需要が尽きることが決してない。それは資金が集まることであり、駆け引きのカードにもなった。
 ブラムセルは帝国からの役人に対して、徹底的な接待攻勢で骨抜きにすることに成功した。表面上はペコペコしているように見える姿はダーナ市民には不評であったが、聖地が破壊される危険性は薄まったのである。
 また、自治都市とは言え風紀が乱れている現状は皇帝の意思に反しているわけだが、これを咎める役人の声もまた封殺された。そのためブラムセルの元には豊富な資金が流れ続け、それによってダーナ市はより強固になっていくのである。

「……というわけでダーナの妓楼街は大陸一だ。兵士たちの羽を伸ばさせてやるといいだろう」
「財政的には痛手ですが、ダーナの有力者と商業的結びつきができるのは後々に大きな意味を持ってくるでしょう」
 解放軍幕舎。
 セリスのブレーンとも言えるレヴィンとオイフェは、ここでも見解の一致を見せた。この二人が実は敵対していてことなど当事者以外には絶対に分からないであろうほど、意見が割れないのである。
 そして今回は、ダーナ市に入城した際には兵士たちに特別ボーナスを支払って歓楽街に行かせてやるという、"話が分かる"提案がされた。
 軍を率いる者にとって、兵士たちの男の欲望をどう処理するのかは無視できない問題である。
 ましてや解放軍の旗を掲げているセリス軍は略奪ができない。かと言って何も考えずに全面禁止にすれば兵士に不満が出るのだろうし無理に抑え付ければ士気が下がるのは目に見えている。
 そこで、女を買うと言う答が弾き出されたのである。
 資金面で恵まれているとは言えない解放軍であるが、こういった商業都市で金を落とすと言うことは有力者とのコネクションができることでもある。ロプト勢力打倒を掲げる解放軍であるから、聖地であるダーナにとってもセリスを支援する意義がある。場合によっては夜に散在した金が数十倍になって返ってくるかもしれないのだ。
「相場はこれぐらいでしょうから、見積もりは……」
「ちょっと高いな。もう1ランク下げてもいいだろう。女にうるさい兵士もそんなにいないだろうしな」
 レヴィンとオイフェの話が続く。
 さすがに娼婦の話ではセリスの意見を聞いても参考になる回答が返ってくるはずがない。
 一方でレヴィンは放浪時代に色々と経験を積んでいるようだし、オイフェも買ったことがないわけではない。だから二人で話を詰める、はずであった。
「ねぇ」
 セリスが話に割って入った。
 分からない話とは言え、傍観しているのは面白くないのか――と二人は思った。それ以外に動機が思い当たらなかったからである。
 ところが、セリスが継いだ二の句が大きく異なった。
「私も行ってみたいんだけど」
「なっ……!」
 二人の目が点になった。

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