キンボイス王子戦死!
誰もが誤報であろうと思い、そして信じた。
第二王子キンボイスは戦上手と言う訳ではなかったが、個人としての武勇は十分に兼ね備えている。ましてや、彼にはエバンス城の再奪取の為の兵力を与えてあったからだ。
それだけの兵力がありながらエバンス城攻略に失敗したと言うのならばまだ分からなくもないが、戦死する事などあってはならない事であり、ある筈の無い事であった。
だが、同種の報告が続々とヴェルダン城へと届けられると、いよいよ誤報だと否定する声が小さくなり始めた。
さらに翌朝にはその報に加え、キンボイスの居城であったジェノア城陥落の報が届けられると完全に沈黙してしまった。
その夜、ヴェルダン第三王子ジャムカは、ただバルコニーの縁を両手で握り締めて打ち震えるしか出来なかった。
俺が……馬鹿だった……!
その日の黄昏時、ジャムカは今後の王国の指針について進言する為に父王バトゥの私室へと赴いた。
「親父、もうやめよう!」
兄キンボイスの戦死が真実であったとしても、民の事を考えれば、これ以上の交戦は続けるべきではない。
エーディン公女と聖弓イチイバルを返還し、グランベル侵攻を詫びよう!
そうすれば、きっとグランベルも分かってくれる!
「おまえとエーディン殿の華燭の典を見届けたかったが、グランベル軍のあの行軍速度ではそれもままならぬだろう、分かった」
父王バトゥは、意外にもその進言をあっけなく受け入れた。
今晩にも返還する前にまずグランベル軍の陣を訪れ、指揮官と会見を行うために直ちに出立する。
父王は自分から方針まで決めて来訪者を退出させた。
事実、バトゥ王は日没直後には城を出て船着き場へと向かい、ジャムカ本人もそれを見送った。
その後、自室に戻り扉を閉めた時にジャムカの口から自然に溜め息が漏れた。
捕らえられないだろうか、と言う不安。
だが、あの時黄昏によって黄土色に染め上げられた父バトゥの表情からは、それでも構わないかのような意志が読み取れた。
民の為に犠牲になれぬ者は王ではない。
捕らえられる可能性があっても、王は敵陣へ赴かなければならない。
ジャムカには父の皺ばんだ顔から、そんな王に課せられた宿命を垣間見た様な気がする。
不意に、もたれかかっていた扉を叩く音とその振動を感じた。
扉を開けると、国内の誰も持ち合わせていない神秘的な流れる黒髪と、凛然とした整った顔立ちを兼ね備えた、気の強そうな美しい傭兵風の女性が立っていた。
アイラ。このヴェルダンの地に亡命中のイザーク王国の王女である。
「ジャムカ王子、ジェノア城が陥とされたと聞いた。私も微弱ながら剣聖オードの血を受け継ぐ身だ。シャナンによくしてくれている恩も返したい。必要ならば力を貸そう」
「いやいい、シャナン殿下の側にいてやってくれ。それに戦はもう終わる」
アイラ王女は、兄王マリクルから長子シャナン王子の運命を託されて、大陸の対角線上に位置するこの地を訪れている。右も左も分からぬこの異国の地において、まだ幼いシャナン王子にとって叔母に当たるアイラ王女の存在は何よりの支えであろうから。
だが、アイラ王女は戦が終わると言う事の方に強く反応した。
「もしや、バトゥ王が交渉の為にグランベルの陣に赴いたと言う話は本当ではあるまいな!?」
「ほ……本当だが……」
不意に襟首を掴まれ、叩き付けるかのように壁に押し付けて問い詰められる。
「何故行かせた!?」
ジャムカにはアイラ王女の反応の理由に見当が付かなかった。確かに父王は捕らえられるかも知れない。だが、こちらにも本人には悪いがエーディン公女と聖弓イチイバルがある。最悪、人質交換と言う手段もあると言うのに。
その旨を述べると、アイラ王女は手を放して踵を返した。そして去り際にこう言い残した。
「……我が父マナナンの非業を知らぬ訳でもあるまい!」
「……!?」
「……死ぬぞ」

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