ヴェルダン王国は中央部に大陸最大の湖を抱いているため、漁業としての他に交通の手段として船を用いる。
一艘の軍船がこの湖を横断し、王都ヴェルダンの港に到着した。
一人の大男がまず降り、続いて降りるべき清楚な女性に手を差し伸べた。粗暴で知られる王子の意外な一面を目撃した護衛の兵士は苦笑いを禁じ得なかった。
男の名をガンドルフ。女性の名をエーディンと言う。
「もう少しだ」
エーディンは黙って頷いた。どう答えるべきか分からなかったからである。
ユングヴィ城での、餓狼のような眼を光らせていた時と正反対の態度に困惑していたのだ。
ぶっきらぼうではあったが、口調が穏やかになったのが分かる。あの頃と違い、ほんの僅かな動作からも伺えた粗暴さの色が消えているのが分かる。
男の変貌は、ユン川を渡りヴェルダン領に入った頃からである。
大人しくしていれば乱暴はしない、と言う事は道中で理解したが、それだけであろうか。
この男の態度は少なくとも奴隷に対するものではない。別の因子が含まれている様な気がしてならなかったのである。
私は戦利品として連れ去られてきたのでは?
自分が場違いな事を考えている事には気が付いている。だが、それでもこの自分に対する扱いを訝しむ事の方が優先された。
私は何故この様な遇され方をされているのだろう?
私は何故ここにいるのだろう?
私は何故連れ去られてきたのだろう?
「着いたぜ。まずは親父に会ってもらう」
気が付けば扉の前に立っていた。扉の大きさと使われている木材の質の高さ。加えて扉の両脇に二人の兵士が控えているから、この扉の向こうには玉座があるのだろうか。
今まで男は自分の名を名乗らなかったが、護衛の兵士との会話から、三人いると言われる王子のうちの誰かである事は分かった。だから、これから会うべき相手は恐らくバトゥ王であろう。
「……バトゥ陛下とは面識があります。以前にユングヴィで」
その声は相手に届くほど大きなものではなかったが、今まで守っていた沈黙を破った事は、エーディン自身には大きな意味を持っていた。
この異国の地で、一会のみとは言え、知己に会えるのは救いだったからである。守っていた沈黙が破られたのは安堵感によるものだろう。
両脇の兵士がこちらに一礼した後に扉を開いた。
玉座に座っていた、見覚えのある老人が立ち上がり、駆け寄って来て乾いた手で自分のそれを握る。
「おうおう、エーディン殿、よう参られた。国王のバトゥじゃ」
「……お久し振りです、バトゥ陛下」
エーディンは訳が分からなかった。
私は何故こんな事を言っているのだろう!?
私は何故こんな友好的な態度でいられるのだろう!?
ここは侵略者達の王城で、この老人は知己とは言え侵略者達の王である筈なのに!
エーディンはその問題を、自分は神に仕えて博愛を説いている身であるから、と言う理由で片付ける事が出来なかった。

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