……ロプト帝国を打倒した十二聖戦士。聖戦の終結後、彼らはユグドラル大陸の各地に散らばり新たな国を興した。
神の血を受け継ぐ者が治める国家は、神に祝福された国家である。その国に住まう民はそれを拠り所にして、貴族はそれを誇りとして生きて来た。
彼らは言う。神に祝福された国家に住まう民は、神に選ばれた民でもある。
彼らは言う。神に選ばれた民こそが、このユグドラル大陸で繁栄を築く事が許される。
彼らは言う。神に選ばれなかった民は蛮族なり。
十二聖戦士の末裔達の内、過半数を統治者に戴くグランベル王国に住まう民の場合、その感情は更に顕著になる。より強く神に祝福されているからだ、と言う感情である。事実、グランベル王国は大陸最大最強の国家であり、地理的にも文化的にも大陸の中心に位置しているではないか!
一方で、ユグドラル大陸に存在する複数の城を持つ王国の中で、唯一ヴェルダン王家のみが十二聖戦士の血を、神の血を宿していない。祖先は流れ着いた海賊とも土着の山賊とも言われている。そのどちらにせよグランベルの民から見れば、ヴェルダンの民は神に選ばれなかった身分卑しき蛮族である。
グランベルの民は他の周辺部族に対しても同様の理由で蔑視してはいたが、表面に出る事はほとんどなかった。事実、交易は対等の価格で行われていたし、人材面の交流も盛んであった。
だが、ヴェルダンに対してのみそれが激しい。他の周辺部族もまた蛮族であるが、彼らに対しては博愛の精神を持って対等に扱っているが、ヴェルダンの民に対してはその必要性を感じなかった。
蛮族が神に選ばれた自分達と同じ様に王国を名乗っている。グランベルの民、特に貴族階級にとって見れば許し難き事であった。
――増上慢も甚だしい、蛮族ならば蛮族らしくヴェルダン族と名乗っていればいいのだ!
だが無益な戦争を好まないアズムール王は、出兵し天誅を下すべきだ、と言う声を退けた。戦争によって失われる命の尊さに比べれば些細な事である、と言う理由を聞いた貴族達は王の寛容さに心から感服した。
されど貴族達が心から認めたのは、王の寛容さであって、ヴェルダンの蛮族が王国を名乗っている事ではなかった。
出兵を回避した事でグランベル王国は、形式上では同等の名称であるヴェルダン「王国」を容認した格好になるが、彼らは心理的にまで対等の関係を結ぶつもりは毛頭無かった。
故にヴェルダン第一王子の留学は承認したものの、共に机を並べる事となったグランベル貴族の子女達が彼を対等の学友と見る事は決してなかったのである。
――王子と名乗っていても、所詮は山賊の頭目の子。何をしでかすか分からないぞ。
事件が起こった時、犯人の特定の判断基準は、シスターを陵辱、及び殺害する様な蛮行を働くような輩は蛮族に違いない、と言うものだった。
――見ろ、やっぱり蛮族は蛮族なんだ。
証拠の無い処刑である。ヴェルダンには抗議する正当な権利があった。だが小国の宿命かな、大国グランベルに対し武力を持って報復するは勿論、抗議する事すら叶わなかった。
「第一王子は、事故死である」
バトゥ王は、この和解条件を黙って受け入れた。それは、文面上は第一王子は留学中の事故死であり刑死ではないと言う意味だが、王はこの真意を察知した。
これを承認するならば、この事件そのものが存在しなかったと認める。故に、グランベルがヴェルダンに対し事件の報復の為の出兵は行わない、と暗に述べて来たのである。
皮肉にも、この結果グランベル側はその真意を読み取り受け入れたバトゥ王を「賢王」と称える様になり、ヴェルダンに対する特別な蔑みの目は鋭さを失う事になった。
両国の関係は改善された。だが、決して対等になった訳ではない。他の周辺部族と同様の扱いになったのみである。蛮族である事に変わりはないのだ。
第一王子は理性と寛容の人であり、蛮族に程遠いものであった。だが、十二聖戦士の血を引いていないと言う一点だけで蛮族扱いされ死ななければならなかった。
――十二聖戦士の血さえ引いていれば!
バトゥはひたすら耐え忍びその機会を伺った。隣接するユングヴィ公家に対し縁談を持ち込んだのは、ヴェルダン王家に弓使いウルの血を宿す為であった。ジャムカに弓を習得させたのは、弓使いウルの血を引く公女を迎える夫としての礼儀だった。だが、ユングヴィ公リングはその縁談を表面上やんわりと拒絶した。しかし賢王バトゥは拒絶の本当の理由を看破した。
――蛮族などに娘をやれるか。
それによって極限まで肥大化して行ったバトゥの闇は実力行使の手段を選ばせた。訪れたグランベルのイザーク王国への遠征と言う絶好の好機。賢王であるはずのバトゥの号令が下った。エーディン公女と聖弓イチイバルの強奪である。
グランベルの報復は覚悟の上だった。グランベル軍の幕舎へ一人で向かったのは、国王が捕らわれの身となれば充分に時間を稼げるだろう、と言う意志の表われだった。
出立の前に語っていた。その間に子をもうけてくれれば、我らの勝ちだ、と。

……それが裏目に出て親父は殺された。キンボイスも死んだ。
「殿下、しっかりして下さい!」
水汲みから戻って来てすぐ側にいるはずの兵士の声が何故か遠くに聞こえる。
……俺も後を追う事になるのか。
思えば、ジャムカに兄の様なつらい思いをさせたくない一心だった。兄の子である事を抹消し、弟として面倒を見たのも両親がいない事を哀れんでの事であったし、この戦争もあの上品すぎて扱いに困るお姫様と結婚させ、ジャムカを十二聖戦士の末裔の父とするために始めたものだった。
だが、兄に良く似て優しいジャムカは、その戦争で全ての肉親を失う事になる。
――逆に辛い思いをさせたか……済まねぇ……


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