グランベル王都バーハラ。
王城内では、ユングヴィ公女エーディンを拉致したヴェルダンへの対応に関する討議が昼夜問わず行われていた。
本来ならば、即ヴェルダンへ出兵すべし!
となる筈であるが、今回は出兵すべき軍団が、全てイザークへ遠征中だからである。
とは言え、討議は遠征する軍が存在しないに関わらず、ヴェルダンへの遠征で固まっていた。
アズムール王は外交策を示唆したが、グランベルにおいてそれは決して無条件に譲歩する和平策を指す事はない。こちらに非が無い以上、大国グランベルが蛮族に頭を下げる事などあってはならないからだ。
ましてや、エーディン公女と共に家宝である聖弓イチイバルも持ち去られたと言う情報が新たに飛び込んで来ては、いかなる譲歩を行ってでも公女の身の安全を第一とすべきだ、と言う声が挙がる筈も無かった。
アズムール王の言う外交策とは、まず軍事力にて圧倒し、エーディン公女と聖弓イチイバルの無条件の返還を条件に和平を結ぶ事である。
まずは、イザークへ遠征中の軍団を撤退させても支障がないか、と言う点で討議が行われた。
緒戦で勝利し、保護下にある自治都市ダーナ略奪への報復そのものは完了したものの、引き返してヴェルダンへ遠征するとなれば、今度はイザークに対し背後を晒す事になる。
完膚なきまで叩き潰し、後顧の憂いを断っておきたいのが皆の本音であるが、そんな時間を掛けられるはずもない。
一方で、シグルド公子を暫定的な指揮官とする救援軍の扱いも議題の一つとして討議されていた。
救援軍はユングヴィ城を奪回した後、国境であるユン川を渡り、ヴェルダン領内のエバンス城を奪取して対ヴェルダンの橋頭堡を築く事に成功している。
今後、ヴェルダン軍がこのエバンス城の奪回を考えるのは当然である。
となれば、この救援軍は非常時故の軍でなく、防衛のためにエバンス城に駐留する立派な軍団である。
聖騎士叙勲を行いその資格を得たとは言え、このままシグルド公子にこの駐留軍の指揮権を与えても良いのだろうか、と言う点である。
叙勲を行ったばかりだから、とか言う資格の問題ではない。指揮官としての適正の問題である。
イザークへの遠征軍に関する討議の結果が如何に関わらず、駐留軍にはこのエバンス城を死守してもらわねばならない。
他に軍団なく、敗れれば再び、しかも今度は正真正銘の裸の本国を晒してしまう以上、この駐留軍の指揮官の人選を誤る事は絶対あってはならない。
様々な名前が室内の各所で同時に挙げられ、それに対する反論の声がさらに多くの場所で叫ばれ、これでは皆に自説を展開するのが不可能と悟ると、今度は手近な者を捕まえて一対一の議論が展開され始めた。
追い討ちをかけるかのように、この大事にアズムール王が高熱を発して王城の奥へ引き籠ってしまったために、事態の収拾は一層困難となった。
それが沈静化したのは、そんな折りに、シグルド公子の聖騎士叙勲の使者が戻り、皆に様相を述べた時であった。
シアルフィからの救援軍には、公子と親交深く、妹婿でもあるレンスター王国のキュアン王子が個人参加ながら加わり、兵の士気は高い、と言う報告である。
これに対し、グランベル六公爵のうち遠征に参加していない二人、つまりヴェルトマー公アルヴィスと、エッダ公クロードがシグルド公子を指揮官とするのが最善である、と言う共通の意見を述べたために、ようやく騒ぎは収まった。
アゼル公子やレックス公子の参加に加え、同盟国であるレンスター王国の王子が、義兄であるシグルド公子に助力せんと参加したとなると、他の者では指揮系統の一本化は不可能である、と言う理由である。
この意見には興奮状態の皆も賛同し、早速シグルド公子へのエバンス駐留軍指揮官の任命書、及びエバンス城を死守せよと言う内容の命令書を携えた使者がバーハラ城から駆けて行った。
後は、イザーク方面の遠征軍をどうすべきか、と言う議題にいざ集中しようとした時であった。
飛び込んできた急報に対し、まだ先ほどの熱気が残る室内が凍り付いた。
城を死守すべきエバンス駐留軍が、逆にヴェルダン領の奥へと進撃を開始したと言うのである。

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