ユングヴィ城。
公女エーディンは侵入して来たヴェルダン軍によって本国に連れ去られた。
それを守るべき見習い弓騎士達はその忠誠心を余す事無く発揮した上で、無残な姿を並べていた。
だが、一人だけ例外がいた。
彼は城門が破られた後、突入路を守る仲間達の援護をすべく、数名の仲間達と共に矢を放ち続けていた。
彼一人だけ生き残ったのである。
静かだ……戦いは終わったのだろうか……。
どうやら助かったようだ。
あれから何が、どうなったのだろう。
体を起こして立ち上がったが意識がしっかりしない。
目を覚まそうと懸命に頭を振った際に、傍らに転がる仲間が視界に入った。
意識が研ぎ澄まされる様に鋭く鮮明になった。思い出さざるを得ない恐怖。彼は再び途端に膝が震えているのが分かる。歯が鳴っているのが聞こえる。全身の悪寒が伝わる。
――唸りを上げ、風を切り裂いて来る斧!
あの時、かろうじて避けたその手斧は、そのまま後ろにいた仲間に襲いかかった。刃が肉に食い込み、骨を砕き、臓を破り、背中の皮膚をも切り裂いた。目の前で胴を輪切りにされた仲間の上半身が空を踊り、残った下半身と絡み合う様にして、血飛沫が生んだ赤い褥の石畳に転がった。
なお勢いの衰えぬ手斧が大きく弧を描き、再び獲物を食い千切らんとそれを投じた大男の手に戻って行く。
蛮族を統べる将であろうその大男は、狙った相手に命中しなかった事に対し不機嫌さを露にしていた様に見えた。
蛮族の将は回転して戻って来る手斧をかざした片手で捕らえて、遠目でよく見えないが、こちらを睨み付けた様に見えた。
目が合った。
――次も、来る……。
その希望とは全く縁が無い観測が的中し、今度こそ喰らわんと遅いかかって来た。
――死にたくない!
天佑だろうか、生への執着心が神に届いたのだろうか。その餓狼は、こめかみを僅かにかすめて通り過ぎて行った。
「は……はは……」
自然と膝が折れた。急速に薄れ行く意識。それは安堵感から来るものであった。
彼には命を賭して公女エーディンを守る義務があった。
だが、そんな義務があろうとも、本能は自分の命を選んだ。
ここは城内への突入路じゃない。このまま眠っていれば、このまま死んだふりをしていれば、助かるかも知れない。
もうすぐ援軍が来るというじゃないか。
忠義心篤い仲間達は、そのための時間稼ぎの為に死んで行くのだろうか……。
――けど……。
ここに、一人の臆病者がいた。
名をミデェールと言う……。

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