大陸東北部、イザーク王国に遠征中のグランベル軍幕舎。
イザークと対峙中とは言え、本国の情勢に対する配慮を忘れる事などは出来ない。
武人ならばそれでも良かろうが、国政を一任されている宰相である、フリージ公レプトールにはそれが許されるべくも無い。今夜もこうして本国の、特にヴェルダン侵入に関する情報整理に余念が無い。
この様な極東の地においては、入って来る情報の真実性を確認する事は至難の技である。
宰相である彼は、この無数の未確認情報の真実性を見極め、的確に対処しなければならない。
ヴェルダン侵入に関する新たな情報のうち、真実性の高そうなものを抽出した結果、以下の通りとなる。
シグルド公子に率いられた救援のシアルフィ軍は、ユングヴィ城を奪回したものの、そこにはエーディン公女の姿はなかったと言う事。
その後追撃を行い、ヴェルダン軍を国境であるユン川へ追い落としたと言う事。
エーディン公女の救出に失敗した罪。
寡兵でありながら、ヴェルダン軍を領内から駆逐した功績。
救援軍の出陣までの手際の悪さを指摘する声と、救出の失敗はやむを得なかった、それよりも良く戦ったと言う声。
王都バーハラでは救援軍を指揮したシグルド公子への評価が真っ二つに割れたと言う。
結局は、アズムール陛下の鶴の一声で後者が重視された。
エーディン公女の件に付いては今後の外交によって返還を求める。まずは国境線を回復し、蛮族のこれ以上の略奪を防いだ功を称えるべきである、との仰せ。
その功績を称え、シグルド公子の聖騎士叙勲が行われた。
――バイロンめ、よほど焦っていたと見える。
イザーク遠征軍のうち、嫡子を帯同していないのはシアルフィ家だけである。他に公子無く、留守を任せる者が他にいない、と言うのがバイロンの説明だが、真実は周知の事実であった。
公子シグルドは、シアルフィの騎士団、聖騎士団グリューンリッターの一員ではない。公子とは言え、正式な騎士ですらないシグルドには遠征に参加する資格が無かったからである。
あのダーナ砦の奇跡の末裔である以上、その神の武器を受け継いで行く義務がある。
その力を受け継いでいる嫡子を育て上げる事もまた義務である。
バイロンにとっては、それを怠っている事が保身の為の最大の不安材料であった。
今後の為に、これを好機に手を回して聖騎士叙勲を行わせ、それを取り除いておこうと言う思惑は手に取るように分かる。
しかし、自分には手を出す事が出来ない。
――バイロンが、アズムール陛下の寵臣であると言う一点だけで!

(序章・完)

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